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カブトムシと人の「絆」 タイでは,闘鶏,闘牛,闘魚などさまざまな動物を用いた闘いがあるが,タイ北部では,カブトムシ(ヒメカブトムシ)の闘いが盛んに行われている。この闘いはタイ語でチョン・クワン,「カブトムシのけんか」と称されるが,単なる突き合わせの取っ組み合いではない。ルールと技が確立されており,「格闘技試合」と称した方がふさわしい。また,大人にとっては賭事の一つとして大切である。これは,個人間で行われるのみならず,おおぜいの人々が参集する大会も行われている。小さなカブトムシの一挙一動が,飼い主や観客をわきたたせ,多額の金を動かしている。 北タイの各地では,9月から11月にかけて各地で大会が催される。中心都市チェンマイでの大会は,地方大会で鍛えた猛者が一同に集う決勝大会の様相を呈している。 試合に際して,対戦者は,まず,会場で,自分のカブトムシの対戦相手探しがおこなわれる。互角と思われる体格同士となること,勝負をする飼い主の賭け金が折り合うかがポイントである。対戦は,チョンク・専用のリング上で行われる。そのリングは木製の独特の形をしたもので,その内部をえぐってメスカブトムシが入れられており,姿は見えずとも匂いの漂うメスをめぐって,オス同士がリング上で闘いを繰り広げるようになっている。対戦者(飼い主)は自分のカブトムシをリングのそれぞれの端に置く。対戦者は,それぞれ,長さ20cmほどの筆のような形状をして先が太くなった回転棒を用いて,カブトムシを先へ進ませ,闘わせる。決着は,投げ飛ばしたり,つき落としたりした方が勝ちとなる。あるいは端に記された線まで押し出した方が勝ちである。判定勝負もある。 強いカブトムシは,外観で判断される。そして,試合に勝つためには,回転棒による刺激に対するカブトムシの反応の良さが大切である。勝負に挑むには人の棒さばきにどれほど敏捷に反応するか,意図するままに動くかが重要で,それは棒を回す人の技巧と個性にカブトムシがいかに応じることができるかにかかってくる。飼い主はトレーナーでもあり,トレーニングを積み重ねていくことによって,棒さばきとそれに応じた動きからなる技がともに高まるのである。飼い主は,勝負強くなるようカブトムシを育てる中で,個々に応じたその理解の仕方や動かし方を習得する。誰もが簡単に手に入れることのできるカブトムシであるが,その中から良いカブトムシを選び抜き,毎日のトレーニングを欠かさず行い,意志の疎通を高め,対戦能力を高めていく。人が働きかけることによって反応の仕方を知るということは相手すなわちカブトムシの「心」を理解することであり,意のままに動かせるということは,飼い主とカブトムシとが「気が合うか」ということでもある。それは,互いの物心両面でのやりとりを通じた経験を通じて築き上げられた「絆」といえるものである。 この闘いは基本的にはカブトムシの闘争本能を巧みにつかったものといえる。 試合は,こうした両者の関係によって築き上げられた関係,すなわち「絆」を最大限に発揮する場であるともいえる。金のかかった真剣勝負の中に楽しさとスリルの入り交じった感覚,小さな体に託した大きな期待,まさにカブトムシと人との一体感が感じられる。カブトムシのメス争いという動物の本能的行為をとりまいて,それに没頭する飼い主,それを楽しむ周囲の人たち,こうした慣行を成り立たせてきた地域の生活文化,このような要素の結びつきがあって,チョン・クワンが成立している。 |
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2003 HARs 学術大会 |