3.21 一般口演 G

動物との対話:グドール、ノルマン、ハーン
における動物観・生命観・対話観

武者小路澄子

筑波大学図書館情報学系情報メディア社会分野・茨城県


 動物と心を通わせる、考えや想いを伝えあうとはいかなることなのか、こうしたことが可能なら、そのために動物とどのような関係を結んだらよいかという問いの下に、「異種間コミュニケーション」のあり方を探求してきた(武者小路, 2002)。異種間コミュニケーションについての既往研究は多いとは言えず、また、この探求自体に対して幾つかの対立する論議が見られる(Crail, 1983)。しかし一方で、動物と通じ合うということは、日常生活の中で多くの人にとって体験的に理解されることであり、また、多様な領域で動物との深い関わりが報告され、論議されている。
 本研究では、動物との深い関わりと、その背景としての活動や思索を著しているジェーン・グドール(Jane Goodall, 1934-)、ジム・ノルマン(Jim Nollman, 1947-)、ヴィッキー・ハーン(Vicki Hearne, 1946-2001)の三人を取り上げる。そして、三者の考え方を活動と共に整理・体系化することにより、わたしたちが「異種間コミュニケーション」のあり方を考えていく上での枠組みを作成することを目的とする。三者は全く異なる活動領域に属し、異なる動物を対象として活躍しており、しかも動物に対する関わり方やその背景的思想も異なっている。しかし、いずれもが動物に関わる活動に専心し、経験と思索を重ねる中で、動物との対話においての卓越した体験とそれに基づく動物観・生命観・対話観を深めるに至っている。
 グドールは、著名なチンパンジー研究者であるが、研究活動と同時に1970年代後半からチンパンジー保護を初めとする自然保護・環境教育活動を展開している。ノルマンは、イルカ・クジラを主とする野生動物と「異種間音楽」を通して対話を試みた音楽家であるが、後に「スピリチュアル・エコロジー」を提唱する活動家となり、多様な領域の研究者を巻き込んでイルカやクジラの救出を目的とする対話方法を開発している。一方、イヌやウマの調教師をする傍ら、英文学の教鞭をとっていたハーンは、調教師の世界と哲学の世界という異なる二つの世界に橋を架けて「人と暮らす動物(domestic animals)」と向き合うことを重ねた。
 グドールとノルマンは、客観性重視の科学(特に「擬人化」の過度のタブー視)に対しての疑問を示しながら、動物を理解する上での“共感の科学”のあり方を模索している。そして、動物と関わる中で、次第に生命中心主義の立場、霊性(スピリチュアリティ)を尊重する生命観をもつようになり、そのことによって、動物を、一つの生命として、自らとのつながりや生命が一体となっている世界観(“all as one”)の中でとらえるようになっていった。これに対して、ハーンは、持来や馬術といった調教における規律や秩序をヒトと動物とが完成させていく中で、「人と暮らす動物」が本来の生き方を身につけていくと考えている。ハーンにとって、調教における規律や秩序は一つの言語体系であり、この言語を尊重し、言語実践に責任を負うことはヒトにとっても動物にとっても必要なことである。
 三者の「異種間コミュニケーション」の範囲やそこで課されている規律や倫理は一様ではない。グドールは、チンパンジーのコミュニケーション様式を真似ることから着手し、その信頼を勝ち得ることによって身体的な接触によるコミュニケーションを達成した。ノルマンは、「意思の疎通」という人間にとってのコミュニケーション形式をそのまま適用するのではなく、動物本来のあり方を尊重し、環境にあるがままの動物を受け入れることによって対等の関係を求め、動物と即興音楽を合作するのに成功した。ハーンは、動物との「言語ゲーム」のあり方を模索し、その過程で両者が次第に「意味の共有」を成立させ、一体となって活動を成し遂げることで、新たな生き方を身につけていくことを示した。
 対話のあり方は様々であるが、三者にとっての対話は、辛抱強く動物の世界へと接近し、動物と関係を結び、その関係を深めていく中で、実践として達成されたことである。そこでは三者とも、非言語コミュニケーション(声、表情、しぐさ、身体接触等)を繊細に捉え、研ぎ澄ませている。そしてその中で、ヒトの能力を超えた範囲にある動物の感覚や感受性を尊重し、想像力をめぐらせている。この立場は、実験的環境の中で動物のヒト言語習得能力を測定するという立場とは逆の立場であると言える。「異種間コミュニケーション」は、ヒトの感覚や言語能力、認識の範囲を一方的に動物に押しつけていくだけでは成立しない。わたしたちは、共感を深めることや異種の<あいだ>に生じる新たな言語に耳を傾けることによって、ヒトの認識の限界を見つめ直し、それを越えて踏み出していく必要がある。

武者小路澄子. 小露鈴との対話:異種間コミュニケーション研究の試み. ヒトと動物の関係学会 第8回学術大会予稿集, p.27. 2002.
Crail, Ted. Apetalk & Whalespeak: The Quest for Interspecies Communication. Chicago, Contemporary Books, 1983.


2003 HARs 学術大会
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