3.25 一般口演 J

人魚と人との生活史 その1−Dugongをめぐる食文化−

佐藤祐子
Yuko Sato

横浜市立大学医学部看護学科・神奈川県


 ジュゴンは、南緯から北緯26−27度の沿岸海域、水深30m前後の浅海に生息する大型哺乳類である。
人とジュゴンの関係をみると、オーストラリアをはじめ生息地域では人はジュゴンを食してきた。しかしながら、海洋環境の変化による生息数の減少、自然保護の意識の高まりや野生動物を生活の糧としてみる価値観の変化などからジュゴンを食することは減少しつつある。
ジュゴンの生息地の北限である琉球諸島(沖縄)では、近年、生息頭数は約100頭と推計され、絶滅が危惧されている。1972年からは、国の天然記念物として意図的な捕獲が禁止されているため、食料としてジュゴンを捕らえることはなくなったと考えてよい。しかしながら、この地域では有史以前からジュゴンを食してきた歴史があり、人とジュゴンの関係を考える上で、ジュゴンを食してきた状況を明らかにしておく必要がある。
 そこで、本報では沖縄においてジュゴンと人との関係を「食」の観点から明らかにするために、既存の資料・遺物を中心にジュゴンにまつわる食に関する内容を整理し、「歴史」を時間軸に「場」を空間軸としジュゴンをめぐる食文化の形成過程を明らかにした。
◇ 結果と考察
1. 有史以前:沖縄本島において、貝塚からジュゴンの骨や牙が出土している。沿岸地域ではジュゴンを捕獲し食べていた。つまり、自家消費の形で食べていたと考えられる。
2.琉球王朝時代:八重山地方の記録等によれば、琉球王朝は租税として八重山諸島からジュゴンの肉を納めさせていた。このように八重山諸島から琉球王朝のある本島へ食材としてジュゴンの肉が輸送されるようになったと考える。琉球王朝が税としてジュゴンの肉を納めさせた理由は、味・伝承・珍しさから、今後検討する。
3. 近世(明治以降):紀行文の中で、那覇の男爵家の御馳走として、料理「人魚の吸い物」が紹介されている。これはジュゴンの肉を使用した汁物料理であり、「肉の産地は八重山…中略…肉魂を干して保存し昔の大名の家には大概備えられていた。」と述べられている。つまり、干し肉として八重山から本島に運ばれ、保存し料理として調理されていたのである。琉球王朝の食文化として、料理方法が確立し継承されていたと考える。

参考文献
1.Michael Bryden, Helene Marsh, Peter Shaughnessy;DUGONGS,WHALES,DOLPHINS
AND SEALS、1998、ALLEN&UNWIN
2.QUEENSLAND PARKS AND WILDLI SERVICE;Conservation and management of the dugong in Queensland 1999-2004、Environmental Protection Agency、
3.粕谷俊雄ら;日本産ジュゴンの現状と保護、1999、第8期プロ・ナトゥーラ・ファンド助成成果報告書

 

2006 HARs 12th. 学術大会
演題一覧  •  本発表の詳細
 次演者の抄録