3.19/20 ポスター N

日本在来馬の近縁関係に関する遺伝学的および歴史学的調査

川嶋 舟1)・颯田 葉子2)・長谷川 晃久3)・秋道 智彌4)・高畑 尚之2)・林 良博1)
Schu KAWASHIMA, Yoko SATTA, Telhisa HASEGAWA, Tomoya AKIMICHI, Naoyuki TAKAHATA, Yoshihiro HAYASHI

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1)東京大学大学院農学生命科学研究科 2)総合研究大学院大学先導科学研究科 3)日本中央競馬会競走馬総合科学研究所生命科学研究室 4)総合地球科学研究所)


 日本に現存する日本在来馬は,北海道和種馬(北海道)・木曽馬(長野県)・野間馬(愛媛県)・対州馬(長崎県)・御崎馬(宮崎県)・トカラ馬(鹿児島県)・宮古馬(沖縄県)・与那国馬(沖縄県)の計8馬種が知られている。これらの在来馬についての類型化(品種識別)や品種間の比較は,体高など形態学的な分析,血液蛋白質型の多型やミトコンドリアDNAの多型などを用いる遺伝学的な分析など様々な方法で試みられてきている。しかし,現在のところ,日本在来馬の由来が単元であるのかそれとも多元であるのか,また,日本在来の各馬種がそれぞれどのような遺伝的相同性と近縁関係にいたっているのかは,まだ確定するにいたっていない。また,日本在来馬は,古くから日本各地で飼養され,生産と改良が行なわれるなど日本人と密接な関わりあいがある。したがって,日本在来馬の近縁関係について調べるにあたり,分子生物学による分析の結果だけではなく,文献資(史)料の結果とあわせて考察することが必要であると考え,調査を行なった。
 日本在来馬の近縁関係を明らかとするために,日本在来馬(8馬種計345個体)のミトコンドリアDNAコントロール領域についての遺伝学的な分析を行なうことにより,地理的に離れている日本在来馬に共通する遺伝的な要素があることが明らかとなった。地理的に離れて飼養されている日本在来馬に共通の遺伝的な要素がある事実は,ウマが日本に導入された時にすでに高い多様度を持っていた集団であったか,日本にウマが導入された後に馬産地間でウマの売買が行なわれるなど人為的な要因による移出入があった2つの可能性を考えることが出来る。
 さらに,日本在来馬が高い多様度を持つようになったと考えられる2つの理由について分子生物学的な解析によって明らかにすることが出来ないため,日本における家畜ウマの人為的な管理と移動について文献資(史)料の調査を行なった。日本では古くから各地にウマが飼養され,さまざまな目的に応じて生産と改良が行なわれてきた。大化の改新以降,主に軍馬として各地で産馬が奨励されただけでなく,農耕や運搬のための使役馬としても重用され,第2次世界大戦後までウマが身近な使役用の家畜として利用されてきた。また,馬車や駄戴,農耕といった使役目的だけに使われるだけでなく,神馬として神社に奉納されるなど,日本人の生活とも密接に関わっていたことが明らかとなった。また,従来から言われているように,日本の歴史において,ウマは権力者にとって軍事上重要な生物として位置づけられ,各地域に多くの牧が整備され,制度上でもウマの管理方法が定められていた。各飼養地域内で良いウマを選抜し良いウマを生産しただけでなく,さらに良いウマを作るために,奥州をはじめとする良馬の産地からウマを導入し改良することが行なわれていたことも確認できた。
 日本在来馬が遺伝的な多様度の高い集団であること,共通のハプロタイプが飼養地域の離れた馬種間に存在していることは,日本において人為的なウマの移動が比較的広範囲で行なわれていた可能性を遺伝的にも歴史的にも肯定するものであると考える。
本研究では,歴史学的な文献資(史)料調査の結果と分子生物学的な手法による結果が同じ内容であった。日本在来馬の近縁関係を考察するにあたり,従来からの1つの手法による解析ではなく,分子生物学的な解析および歴史学的な文献資(史)料調査を同時に行なうことによって,生物が持つDNA情報と人間が残す伝承や文献資(史)料の情報が一致することが明らかとなった。

 

2005 HARs 11th. 学術大会
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