日本絵画史における動物の擬人化表現
─江戸時代以前の作例から─
藤岡 摩里子
Mariko FUJIOKA
(早稲田大学大学院 文学研究科 美術史専攻・東京都)
はじめに
日本の絵画史において動物が描かれた作品は数多くみることができる。その中においても、動物が人間のように描かれている作品、つまり動物が擬人化された絵画は非常に特徴的なものである。しかしながら、日本絵画史において擬人化表現に関し包括的に論じられることはこれまでになかった。本発表では、江戸時代以前の日本絵画における動物の擬人化表現の性質を考え、そこから日本人と動物の関係を推測する試みをなしたものである。
調査対象と擬人化表現の定義
今回の考察の対象とした「動物の擬人化表現」とは、「動物が二足歩行し、時には衣服をまとい、人間の姿を想起させる表現」と限定した。擬人化表現には多様な表現方法があり、それらをすべて含めると考察が煩雑になるからである。そのイメージとしては、有名な「鳥獣人物戯画」甲巻(高山寺蔵。本発表では、「鳥獣戯画」とする)がその典型例として挙げられる。
考察
調査対象とした動物の擬人化表現の意図を考え、その結果、以下のような3つの要因に大別した。
1.ユーモラスな効果を生み出す
2.目にみえないもの、実態がよくわからないものを表現
3.想像を絶する出来事を表現
1については現代の我々でも容易にその効果を理解することができるであろうし、また、そこから動物に対する親しみの感情が指摘できるであろう。しかし、2、3に関してはかつての日本人が動物に対して抱いていた感情が表出されたものとして注目されるべきものである。
2に関しては、「姿が見えない敵は恐ろしく感じる」というように、「よくわからない」という現象は「恐ろしい」という感情に直結していた傾向がある。具体的には化物、疫病などの病、あるいは怪奇現象といったものがその対象となり、それらを目に見えるかたちで具象化することが行われてきた。その視覚化の手段として動物の擬人化表現が用いられた作例が数多くみられ、動物がその視覚化される対象と等しいイメージを負っていたようである。そこから、人々の動物に対する恐れの感情が読み取れるのではないかと考えている。
3に関しては、具体例として擬人化された鯰が描かれた「鯰絵」というジャンルの絵画を通して考察していきたい。これは江戸時代末期、安政2年(1855年)に起こった安政江戸大地震の直後に流行したもので、地震は当時、科学的に解明されておらず、大地震は人々の想像を絶するものであり、それを理解し受け入れていくために、擬人化された動物が用いられていた。また鯰に託されたイメージは複雑・多様であり、そこから人間にはない特別な力をもったものとして動物を認識していたことがうかがわれる。
まとめ
現代の「キャラクター」とも通じる擬人化された動物のすがたは、動物との接触が少なくなった今では「かわいい」というイメージが先行しがちであるが、かつては異なるイメージが持たれていた。今回の発表により、近代化を遂げる以前の日本人と動物の関係は、親密な関係のみならず、動物に対する畏怖の念という感情も大きく占めていたことを、絵画を通じて示したいと思う。
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