3.19 一般口演 B

乗馬療法が肢体不自由児に与える影響に関する研究

江波戸弘和
Hirokazu Ebato
群馬大学教育学部 障害児教育専攻(群馬県)
共同研究者 太田恵美子(RDAJapan理事)(東京都)


T.緒言
 本研究では、乗馬が肢体不自由児の心身にどのような影響を与えているのかをとらえるために、乗馬前後の身体的・精神的変化を調べ、その効果、影響を心理学的・神経生理学的に検討した。

U.被験者ならびに方法
1. 被験者@〜E:NPO法人RDA横浜の会員6名(女5名・男1名 5歳〜18歳 平均12.8歳、6名とも脳性マヒの診断を受けている)
2.方法 乗馬前・乗馬後の心理状態ならびに運動機能の測定を行った。
@二次元気分尺度5)を行い、心理状態の変化を測定した。
Aフロスティッグ視知覚発達検査を行い、視覚と運動の協応の変化について調べた。
B体温、血圧・脈拍を、心肺機能として測定した。
C座位での足関節の屈曲角度、座位での膝間距離の測定を関節の可動域を測る目的で測定した。
D歩行時間の測定をし、歩行能力を調べた。

V.結果
1.運動・生理機能の変化について
・歩行にかかる時間は、全測定の87%で短縮された。
・足関節角度は、全測定の83%で改善された。
・膝間距離は、全測定の72%で改善が見られた。
・体温・血圧・脈拍については、運動後の測定では、全体として大きな変化が見られなかった。
・フロスティッグ視知覚発達検査において、明確な変化が見られた。
2.心理的変化について
二次元気分尺度の結果
乗馬前と乗馬後を比べたとき、ポジティブ覚醒が高くなり、ネガティブ覚醒が低くなった。全15回(5人×3回)の測定のうち、13回(87%)がこれに当てはまった。

W.考察
1.乗馬による運動・生理機能の変化について
 変化の原因は、感覚統合療法の理論に基づいて考えることができる。
馬が指示で動くのを感じるなかでの目と手の協応や手足の協応だけでなく、馬の背中が上下・左右・前後にゆれる3次元的動きをすることが大きな役割を果たしていると考えられる。この3次元的ゆれは、感覚統合療法でいう、視覚と前庭系、固有受容系、触覚の統合に適しているといえる。視覚とこれらの感覚器官の統合は、視知覚の発達に大きな影響を与えるといわれている2)。このことにより、フロスティッグ視知覚発達検査の結果の改善が起こったと考察できる。さらに、揺れる馬の背で全身のバランスを保とうとすることで、内腿などの普段使わない体の部分が使われたり、障害のある部分を補ってほかの機能が発達したりすることにより、歩行も楽に素早く行えるようになる。また、馬のゆれが前庭系を刺激し、平衡感覚も養われ、ますます歩行能力が向上していくだろう。
 今後の研究では、仮説をもとに、測定事項を絞って行うことが課題となった。

2.乗馬による心理的変化について(二次元気分尺度の結果より)
 二次元気分尺度とは、坂入ら3)によって発表された8項目の端的な質問からなるからなる心理テストである。
今回の研究では、先行研究のように独自のパラメーターを利用するのではなく、二次元気分尺度という、運動生理学の中で認められてきているパラメーターを利用することで、信頼性の高いデータを手に入れようと考えた。
今回の測定での平均値は、 乗馬前、P=6.1・N=−3.9・H=4.9、乗馬後 P=7.3・N=−6.8・H=7.2となった。(P:ポジティブ覚醒、N:ネガティブ覚醒、H:快適度)
  先行研究では、運動強度40%を越す運動では、ゆったりして落ち着いた心理状態を得ることは非常に難しいということである。ネガティブ覚醒が低下したということにより、乗馬療法が、被験者たちにとって、身体的に負担の少なく、安心して取り組める療法であることがわかった。

3.今後に向けて
 二次元気分尺度による測定や筋力の使われ方の測定を乗馬中の被験者に行って、さらに細かいデータをとり、健常者のデータとも比べていきたい。また今後は、肢体不自由児にとって障壁の多いスポーツの世界を広げるための可能性の一つとしても、研究を続けていく。

X.結語
  乗馬が肢体不自由児の運動・生理機能や心理的にどのような影響をあたえているのかをとらえる目的で、脳性マヒ児(者)の乗馬直前直後の身体および心理的変化を測定した。その結果、以下のことが観察された。
T.歩行にかかる時間が短縮される。
U.股関節と足間接の可動域に改善があった。
V.被験者Cと被験者Eは、フロスティッグ視知覚発達検査によって、目と手の協応に改善が見られた。また、被験者Cには、上肢の緊張の緩和があった。

W.二次元気分尺度の結果から、乗馬後は、イキイキした覚醒状態と、ゆっくりして落ち着いた心理状態になる。また、快適な気分になる。

これらの結果は、先行研究により明らかにされてきた乗馬療法の効果を、さらに明確化することとなった。これは、乗馬の直前直後の測定により、乗馬以外の要素がかかわった可能性を無くし、測定したためである。今後は、さらに進んだ障害児の療法の一環として活かされることを期待する。

文献
1)Bertoti D.B.:Effect of Therapeutic Houseback Riding on Posture in Children with Cerebral Palsy.Physical Therapy.68: 1505-1512, 1988
 2)A.Jean Ayres.Ph.D.著 佐藤剛 訳(1982):子どもの発達と感覚統合.共同医書出版社, 1999
3)Yousuke Sakairi:Development of the Two Dimension Mood Scale for Measuring Phychological Arousal Level and Hedonic Tone.bull.Inst.Health and Sport  Sci.,Univ of Tukuba 26: 27-36, 2003


2005 HARs 11th. 学術大会
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