ヒトと動物の関係学会(HARs)

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月例会報告

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ヒトと動物の関係学会第40回 月例会
「なぜ日本人には狐が憑いたのか」

2004年 10月22日 (金) 18:00〜20:30

場所−東京大学農学部・7号館A棟1階104/105号室


18:00〜18:20 「狐憑きとは何か」――横山章光(防衛医科大学校)
18:25〜19:50 「日本人にとっての狐」――中村 禎里(立教大学)
19:50〜20:00 休憩
20:00〜20:30 総合討論  座長/石田おさむ(東京都多磨動物公園)

司会、進行 石田おさむ氏 横山 章光氏 中村 禎里氏
     
会場のようす

 日本人に古くから親しまれている動物には、猿や狸、狐、兎などがあるが、そのうち狐についての観念は、多様であり興味深いものがある。『日本人の動物観』『狐の日本史』の著者である中村禎里氏をコアに、日本人にとっての狐を考えてみる――



夕闇も迫り少し肌寒くも感じる金曜の午後、多くの人を集めた今回の月例会は、司会である石田氏による冒頭挨拶から開始された。横山氏が前座?として狐憑き、とりわけ我が国を初めとした世界の狐の存在について講演を始めた。「貴族のスポーツの終わり」と題されたヨーロッパにおける狐狩りの中止の話題、日本におけるさまざまな祭り、そしてキャラクター、新聞に至るまで狐の存在は私たちの中で一般化し、またこのように動物の中でも多く取り上げられている。さらに自身の受け持つ統合失調症患者が最近狐憑きにまつわる言動をはじめたことも講演された。様々な動物が存在する中でなぜ狐なのか?といった観点は興味深く、狐憑きと精神医学との関連性をはじめ、諸外国における狐のような存在(ヨーロッパにおけるネコやネズミと魔女といったもの)についてまでこの種の議題の幅広さを指し示した。横山氏は、そのような幅広い議題の中でも「今回はなぜ狐が我々の文化に入ってきたのか」を焦点に当て論議を進めるといった方向性を導きだし、次講演者である中村氏へとつなげた。
民俗学、文化人類学の観点から講演を進めた中村氏は、その冒頭で“狐とヘビ”との関連性を示され、多くの文献から得られる論拠を挙げはじめた。8世紀以前の『古事記』や『日本書紀』といった文献には蛇に関する記事が多く、狐は存在感が薄かった。このころはまさにヘビは“蛇神”であり、水の神そして農耕の神として人々の中に存在していた。12世紀以降民間で狐信仰が高まり、13世紀には公的に認められ、このころになるとまさに蛇と狐との政権交代が始まった。この要因の一つには、農耕において田を作る為の土木作業に欠かせない男の存在、そしてその男を象徴する蛇が農耕神であったものが、この農耕作業が比較的楽になった時代になり、次第に農耕神が蛇から狐に移っていったという考えを打ち出した。
さらに また人が死ぬと蛇になるといった蛇にまつわるネガティブな言い伝えを拒んだ人々が愛らしい狐を神としたのではないかといった仮説を述べられた。しかし、狐憑きのほとんどは人に危害を加える事件として様々な文献に記録される。さらに、蛇が人に憑くといった記事は多々見れれる。すなわち狐憑きとは、人々の中で農耕神としての蛇が狐に変わっていったとき、おそらくこの“蛇の呪い”といった性格も連鎖して移っていったことで出現したのであろうと結論づけられた。



中村氏に多くの質問が寄せられるなか、予定された休憩を挟む間もなく多くの意見交換が飛び交った総合討論では、。横山氏の指摘された通り、多岐に渡る議論が展開された。そのなかには、狐火についてといった狐と火、火事との関連性についてや、狐の他にも役割が時代と共に移り変わった動物について議論が挙げられた。中村氏はヘビ→キツネ→タヌキといった具合に人々の心の中の動物は移り変わり、その合間には天狗といったものも出現すると答えられた。さらに議論はすすみ、近頃の話題となっているクマの存在に焦点が当てられた。「クマ」はなぜあのように強く雄々しいのに文献や伝説には残っていないのだろう。これにはクマと我々との接点が狸や狐と比べてやはり少ないという結論付けがなされた。現在でも都市近郊部において頻繁に見かけられるキツネそしてタヌキ・・・。この我々となじみの深い動物は狐憑きのように先史から深く心に根付いた動物であったのだろう。


 
     
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